Bermerkids' diary

文筆家気取りで他愛もない事を書くブログです。稚拙な主張ではありますが広い心で読んでいただければ幸いです。

中東の動乱に文化的な「原因」は無いのか

昨今の中東情勢に関する言説を見てマリーズ・リズン著の『ファンダメンタリズム』を読んでいると昔から答えが無いと諦めていた疑念がまた頭をよぎったのでそれについて書き残しておこうと思う。

私が抱いているのは、

ある国(ないし民族集団)の文化がその国の発展を促したり阻害したりしているのだろうか、という疑問と

ある国(ないし地域)に起きた歴史的事件はその国の発展を促したり阻害したりしているのだろうか、という疑問である。

 

マスコミや大学はこう説く、「奴隷貿易と植民地支配は現在に至るアフリカの民族紛争と低開発の原因である。」「イスラームは寛容な宗教で女性の地位も決して低くはなく、中東における紛争の原因は植民地支配と米国・イスラエルが原因である。テロは全ての宗教が起こしうる」。

つまり欧米が当該地域の発展を阻害してきた、という主張である。

一方でインターネットや口頭会話においては昔ながらの議論も見受けられる。曰く、「アフリカが発展できないのは彼らが纏まれず怠惰だからだ」「中東が紛争ばかりなのはイスラム教の所為である。」

つまり発展できないのは途上国自身が悪いのである、という主張である。

さて二つの主張のうちどちらが正しいか科学的に証明することはできるのだろうか。

言っておくが「どちらが正しいか」と尋ねて、「もちろん前者(後者)が正しいですよね」と言う答えを期待しているのではない。

どちらかと言えばどちらの主張に対する確信も揺らぎ切って、これからどうしようかという困惑の表明である。

 

マスコミや大学の主張は一言で言って、嘘くさい。

民族と国境が一致していないのはアフリカだけの特権ではない。

ヨーロッパにはスイスやベルギーが存在するし、それ以前に中フランク王国などを見れば分かるようにヨーロッパの国々も古代は支配者が勝手に国境線を引いていた。

中国もそうである。古代においてはシナ・チベット系の似通っているが別々の帰属心を持つ様々な民族やトルコ系、モンゴル系、ミャオ系、タイ系等々の民族が混在しているが今では(多くの問題を抱えているとはいえ)一つの巨大な国として発展している。

民族と国境線が一致しないのは歴史の常ではないのではないか。

奴隷貿易にしても人口というものは回復する以上、因果関係は明白ではない。

これに対しては「優秀な人材が連れ去られた」という反論がなされてきたのだが、これは「アフリカにはもう優秀な遺伝子が残っていない(優生学!)」か「社会のモラルや団結は一度他の社会に侵略されたら二度と立ち直れないものである。だからあらゆる社会の運営は本来護送船団方式でやっていかなければならなかった。」のどちらかを意味すると思うのだが、そういう事を言いたかったのだろうか。

経済の不振にしろ民族紛争にしろ、人間社会には避ける事の出来ない動乱期があって90年代のアフリカはそれを通ってきただけだと私は思う。

 

イスラム世界を巡る言説にも嘘くささが付きまとう。何しろイスラム世界について学ぼうとすると、いきなり「”イスラム教”という呼び名は間違いである。”イスラーム”と呼ばねばならない」と言われるのである。

次いで欧米・イスラエルが如何にイスラム世界を破壊してきたのかの悪行が語られ、そして最後に日本は欧米・イスラエルの陰謀に加担させられている、日本は欧米の価値観に毒されている、イスラム側の価値観も重んじるべきだ」と締めくくられる。

かなりおかしいのだと思うのだがどうだろうか。「フィンランドスオミと言わねば失礼」と躾をされ、陰謀論を書籍や大学で教授された後、最後には日本は欧米至上主義だと喝を入れられる。我々読者はイスラム世界に関する現状の記述を読みたかっただけなのだが。

これは他のブログでもさんざん指摘されてきたことだし、大学圏内でも池内恵先生が昔から指摘していることである。

そこで我々としては「研究者たちは何か秘密を隠しているのではないか」と勘繰ってしまう。

「イスラムは本当は寛容などではないのではないか」

「イスラム教は紛争の原因となっているのではないか」

大学者の努力にもかかわらずインターネットを見てみればそんな意見が健在している。

また海外の掲示板的なものを見てみるとイスラム教徒や移民に対する暴言が満ち溢れている(イスラム研究者のやってきたイスラム弁護や、左派のやってきた性急な移民推進政策や多文化共生政策は全くの逆効果だったと結論付けていいと思うのだがどうだろうか)。

ただシリアやエジプトの紛争の原因が宗教ではなく利害対立であると言う意見にはある程度賛同させられる。エジプトでは軍隊の存在が大きいしシリアにしてもロシアの影がちらつく。

でも「紛争の原因は宗教だけではない」という主張と「紛争の原因に宗教は全く含まれない」という主張は文面は似ていても全く異なるものである。

私は人文社会科学では極端な仮説を反証することはできても、自分から積極的に仮説を立証することは非常に難しいのではないかと思っている(ポール・コリア―などは現在のエジプトに対する助言を誤ったように見える)。

イスラム世界に関する主流ではないけれども傾聴に値すると思う意見はブログにも存在する。まず紹介したいのが『中東断章』というサイトである。

http://blog.goo.ne.jp/tintonshan

このサイトの管理人の方は中東に紛争が多い理由を地政学的な原因にのみ求めず、宗教の特徴にも求めている。

イスラム世界では「神が厳しすぎる」というのは何らかの影響を及ぼしているかもしれない。ただ、立証は不可能だと思う。

科学の条件としてポパーが掲げた予測可能性と関連している興味深い記事も見つけた。『トーキング・マイノリティ』というサイトである。

http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/481a60cd6fcb6b55b9efd34919854b3e

2番目のコメントとその日付を見てみてほしい。

2006年の3月20日である。勿論結局中東がどうなるかはまだわからないが、私には「アラブの春」の顛末を予測しているようにも見えるのである。

両サイトの方が必ずしも冷静中立的な意見を言っているとは言わない。しかし私には「見えたままというのはそのまま現実なのではないのか」という疑念が少なからずある。

 

さて大分最初の疑問から離れたように見えるが、そろそろ記事を締めくくろうと思う。

勿論私のこの記事をイスラム教徒の方やイスラム研究者の方に見せれば激怒するのだとは思う。

もし実名がばれれば平謝りしても許されないのかもしれない。

 

中東の動乱に本当に文化的な「原因」は無いのか。

 

有るとも無いとも言えないのだと思う。ただ日本のイスラム研究者の世界は尋常な状態ではないと思う。

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