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Bermerkids' diary

文筆家気取りで他愛もない事を書くブログです。稚拙な主張ではありますが広い心で読んでいただければ幸いです。

「中国文明」は尊敬に値するのか

 最近短期でやったアルバイトが忙しかったことや、そもそも生きていこうという気が起きなかったので何も出来ないでいた。

正直な所を申し上げておくと今も何処からと無く否定の罵声が聞こえてきそうで何と無しに手が重たく感じるのだが、生きる気力を少しでも取り戻すためにこの日記に余所の国の悪口でも書き残しておこうかと思う。

中国文明(とその”腰巾着”の朝鮮文化)の悪口である。

 

 小学校の先生は言う、文明は須く中国から(朝鮮半島を通って)来た。

稲作は中国様から(韓半島様を通って)やって来た。教えてくださったのは野蛮な我等倭人を文明化しようとする親切心からである。

製鉄は中国様から(韓半島様を通って)やって来た。教えてくださったのは野蛮な我等倭人を文明化しようとする親切心からである。

文字は中国様から(韓半島様を通って)やって来た。教えてくださったのは野蛮な我等倭人を文明化しようとする親切心からである。

仏教は中国様から(韓半島様を通って)やって来た。教えてくださったのは野蛮な我等倭人を文明化しようとする親切心からである。

色々と言わねばならないのだが先ずこれから言うべきだろう、”それは帝国主義ではないのか”。実際に中国は歴史的に朝鮮やベトナムに対して侵略を繰り返している。その様な野蛮を先生方は肯定的に教えるのか。

文明を伝えたのが事実かどうかも怪しい。稲作が中国から(朝鮮半島を伝って)伝わるには、満州から朝鮮半島へと乾燥した亜寒帯を通過しなければならなくなる。またそもそも華北では粟や黍などの雑穀栽培が主ではなかっただろうか。こちら側の事情を見てみると何やら縄文時代から農耕をしていたような証拠が続々と出てくる。しかも稲に限って言えば朝鮮半島のものより日本のものの方が遺伝的に何故か多様だという。人類学の専門家方には日本だけが長大な期間に及んだはずの狩猟農耕併存時代を飛ばしていきなり整然とした水田を作り始めたという、公教育の先生方の古い考えを何とか正して欲しいものである。

製鉄についても華南から海流に乗って直行、ないし北回りでツングース等から伝わった可能性について思い至らないのは彼らが中華思想に毒されているからである。東アジアの専門家を称したがる人たちは皆、頭の中に中国を発して朝鮮を通るという公理を据えてしまっている。

詰まる所、理学系の人々が提唱し、インターネット界隈で膾炙している通り弥生人とは呉越の人であり、我々和人というのは呉越とアイヌアマルガムである、では何か都合の悪い事でもあるのだろうか。

 

 中華帝国主義への無垢な信仰と、議論の怪しさ・新知見の無視は既に議論しつくされてきた感があるのだけれども、それに加えて私個人としても問うておきたいことがある。

仮に中国から伝わってきたとして中国から我が国に伝わってきたものは一体どの位中国発祥であったのだろうか、と。

仏教は言うまでも無くインド生まれである。発展は中国でしたのだと言い返してくるのだろうが、実際には南伝仏教と比べ劣化した。我々日本人の大半が信じている北伝仏教はキリスト教とどう違うのかが判然としない。

製鉄はヒッタイトの生まれである。中国文明はインド経由でそれを受容したに過ぎない。

車輪についても轆轤として使いだしたのは恐らく最古代メソポタミアの民だっただろうが、車両としての使用は戦車の発祥などを見る限り印欧系の民族の仕業ではないだろうか。

数物系の科学については多少独自色があるとみていいかもしれない。けれども負の数を西洋よりはるかに早くすんなりと受け入れられたのは証明の概念に欠け論理に甘かったからであり、近代に入ってその甘さが露呈することになる。

文字も同じである。我が国が中国の文字とその草書体を用いるのは中国が近くにあったからであり、インドとの接触が先ならばデーヴァナーガリー系の、従ってヒエログリフ発祥の文字を使っていただろう。

ここまで書いてみて更に訝しく思うのは文字と(稲作に限定しない)農耕さえもどこまで中国文明独自のものであったのかと言う事である。

ジャレド・ダイヤモンドがどこかで言っていた様に中国文明自身、古のインダスや北方の文化から「文字」そのものではなく「文字にして残す」という発想をチェロキーのシクウォイアの様に伝えられた可能性はないのだろうか。農耕も同様の可能性が存在するし、”拾ってきた種を意図的に蒔いて世話をする”という発想を世界の諸民族が同時にし始めたという可能性がそれほど不自然には思えない。

紙・印刷・火薬・羅針盤の四大発明は素晴らしく、恐ろしい事だとは思う。けれどもそれも自分で活用して世界を制する事は出来なかった。

詰まる所中国文明ととは発祥ではなくユーラシア文明の東アジア地方における”ハブ”だったのである。端的に言って中華かぶれの人達が望むように東アジアを牽引する力は無く、無理に彼らがそれをしようとすれば混乱と仲間割れが待っているだけである。

 

ここまで中国文明を「貶して」来たのだが私が言いたかったのはだから中国貶めるべし、というよりは中国文明は”日本文明”やインカ文明等のように、平凡なものだと言う事である。ただ印欧系の諸文明のみが非凡なのである。

非凡な哲学たる仏教も印欧系の人々が生み出した。ギリシャ哲学も近代ヨーロッパ哲学も印欧系の人々によるものである。それに比べれば中国哲学は児戯、は言い過ぎだがガードレール下の中年男性の説教に等しい。

中国の誇る我々が何かと有難がる漢詩もインドの影響を多分に受けている。インドの悉曇学なくしては漢詩はここまで立派なものとはならなかっただろう。

内容も例えばペルシャのオマル・ハイヤームと比べ遥かに哲学性・思索性を欠く。

最高の詩が「花や風景が綺麗であるなあ」だったり「あれもこれも匈奴の所為だ」なのは何とも情けない。

中国文明の物質文化は世界に誇るべきものと言って差し支えないのだが精神文化は稚拙に見える。

中華が科挙で似たり寄ったりの詩を吟じていた時、ヨーロッパは早くも大学で理数系の学問をイスラム世界から再導入し虎視眈々と世界征服の下積みをしていた。

 

 小学校の先生はじめ唐国かぶれの人達が何を欲しているのかは良く分かる。現在現に現実界に於いて中華であるアメリカ以外の”中華”である。それで昔東アジアローカルで中心であった中国にすがろうとする。

そしてこれはイスラム研究者はじめイスラム贔屓の人々にも当てはまる。

今度は中学校の先生になるが、彼らがイスラム世界の勃興を教えるときにメッカの無血開城を教える一方でクライザ族の虐殺すら教えてくれなかったのは、欧米以外の基準をイスラムに据えようとする上でそれを教えるのが不都合だからである。

イスラム素晴らしき完全無欠かな、と教える大学の先生は言わずもがなである。

でも幾ら彼らに期待した所で無駄である。イスラム科学とは実の所印欧系のペルシャ科学であり、ペルシャと同じく印欧系のイベリアを除けばセム系民族全体ですらハッラーンの科学者集団しか特筆すべきグループしかおらず、アラブ内ともなればアルキンディーしか特筆すべき科学者はいなかった。

イスラム文明もまたインド文明とギリシャ・ローマ文明、そして内部に取り込んだペルシャ文明の”ハブ”に過ぎなかったし、コロンブス以来その価値も失って久しい。

 

 学校、大学の先生を始め、我が国には欧米以外の真実の中心を探したがる人々は枚挙に暇がない。けれども現実にはそんなものは無いのである。

共産圏、中華、イスラムと来て、驚くべきことにアフリカにまで「エコロジー」「自然と共存」的な見立てを行ってそんな”中華”を求める人々が居るのであるが、アフリカとは端的に言って小中華思想を欠いた朝鮮半島である(それゆえ卑屈で純朴であるという美点がある)。そのような荒涼とした地域にどのように中心を求めれば良いのだろうか。

欧米人のキリスト教的な所は真似しなくていいのだが、先進国の「仲間入りを果たした」現在の我々にとっても出来るのは欧米を学び真似する事だけである。けれども我々日本人の誰も”欧米以外”を諦める事など出来はしないのだろう。昨今は中国人の様に我々日本人も自分自身の国に欧米以外の中華の幻想を求め始めているのはご存じの通りである。

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