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Bermerkids' diary

文筆家気取りで他愛もない事を書くブログです。稚拙な主張ではありますが広い心で読んでいただければ幸いです。

「コンクリートから人へ」は悪かったのか

所謂「ネトウヨ」的な人による時は特にそうなのだが、民主党脊髄反射で非難されすぎではないか思う時がある。

すぐに思い出すのは事業仕分けが実施され、当時村田蓮舫議員が「2位では駄目なのか」と言う問いを発した時、少なからぬ人がヒステリックな反応を返したことである。

勿論結論が「やはり2番では駄目だ」と言うものになる可能性は高い。

だが議論せずとも良い訳ではない。全ての既存のものを議論などせずに良いで済ますならば宗教に堕してしまうではないか。

我々日本人は、均質さや遺伝から来るものと思われるが、保守に過ぎるのである。これは我々の思考の”癖”なのだから毎度注意しなければならない。

それに民主党が左翼的一辺倒だったわけでもない。

 

さて私が特に民主党時代の思い出で問題としたいのは「コンクリートから人へ」というスローガンが(民主党に実行しえたとは思えないが)それほど悪いものだったかと言う事である。

何しろ、(ケインズ起源)自民流の建物を建てましょうでは、後に何も残らない。

コンクリート製の建物が日本社会のイノベーションの総和を増やすようには思えないのである。

親方日の丸、社会主義リアリズムで建物を建て、姉歯の様に手を抜くのでは、建築工学も発展しない。

民主党のスタンスで問題とすべきなのは”弱者”への無条件の奉仕の姿勢であって、現在の自民党の「人からコンクリートへ」も早々に行き詰る。

民主党無償化すべきものを間違っていたのではないか。

私の考えとしては「高校の無償化」を進めるのでは費用対効果が悪すぎる。

ポストモダンの世になって文系の研究にも数学は必要である事が再び思い出されてしまった。何しろ、定量化できないともう調べることが無い。

第一、ライプニッツデカルトも数学者だったのである。

しかし古文漢文が役立ってないのは恐らく確実なので「理系教育の無償化」をすべきかと言うと、これでもまだ範囲が広すぎると思う。

未だ力学を修めず、電子工作も殆どしたことのない高校生に電磁気学の本質が分かるのだろうか。いわんや量子力学を教えんである。

それよりは範囲を思い切って狭めて「ニュートン力学の教育無償化」を目指せばよかったのではないか。

勿論極限、多変数の微分など、数学的基盤をもきちんと教える。

ケインズ熱心な自民党もこれ位の予算はコンクリートを削って持ってきても良いのではないだろうか。

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