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Bermerkids' diary

文筆家気取りで他愛もない事を書くブログです。稚拙な主張ではありますが広い心で読んでいただければ幸いです。

”絵画性愛”という区分

今日は自らの目標に向けた努力が出来ず、朝から煩悶している。

なので気晴らしに(とは言っても毎回同じ時間帯にしている気がするが)日記を書いておこうと思う。

 

「オタク」と呼ばれる人々の地位が随分高くなったなあ、と思う。

昔はコンビニエンスストアにオタクグッズが売られるなどと言う事は考えられなかったし、アニメソングが上位に上がるという事も無かったはずである。

が、生まれて直ぐにアニメを見ていたはずの自分は、年の所為もあってか、最近どんなアニメも見ていない。

勿論少しばかりは忙しくなったと言う事はある。

しかしそれ以上に情熱が湧かないのである。

ストーリーがすんなりと頭に入ってこず、マンガの1ページを捲るのも目がちかちかして進められない。

思えば、昔からそんな傾向は有った気がする。

しかし昔は自分が何か漫画・アニメの主人公そのものとは言わないけれど、主人公じみた者になれるかも知れないと言う淡い期待で読んでいた気がする。

が、それも今は期待は脆くも崩れ去った。残っている夢だけで今の私は生きてはいると言う現状は無視出来ないのだが。

正直言って馬鹿馬鹿しくなってきたのである。それで買った漫画を読みもせずに売って、何だか恥ずかしい思いをしている。

それで最近は自分は元々オタク等ではなかったのではないかと思うようになった。

元々”役にも立たない”作り話が好きではないのである。

それで「リア充」の輪にもオタクの輪にも入れず、無趣味へと突き進む。

その癖絵に描いた女には欲情する。現実の女よりも遙かに、である(それも衰えてきた気がするが・・・)。

私の如き人間は「オタク」などと言う誉れは辞めてピクトフィリア、絵画性愛者と言ったほうが良いのではないか、と思う。

これは私に(多分空気が読めてない事に加えて)集中力が恐らく無い事も関連しているかもしれない。

架空の世界に没入する集中力が備わってないから、オタク性が揮発するのである。

その代わりに集中力の無い人間に何が出来るかはまたの機会に考えようとは思う。

ともあれ自分をオタクと思って重厚長大なストーリーものも軽薄短小な「日常系」も楽しめてない人達は今一度自分が絵画性愛者である可能性を検討した方が良いかもしれない。

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