Bermerkids' diary

文筆家気取りで他愛もない事を書くブログです。稚拙な主張ではありますが広い心で読んでいただければ幸いです。

諸亡霊の時代

父親が肩を揉め痛いところをさすれと、毎日気持が沈みがちになる。

私は私なりに忙しいのだけれども、父は未だに体の痛い所を揉ませてくる。

大学受験の時も時間を取られてきた思い出があるので「うらめしや」と言って呪ってやりたい気持になる。

でもそんなこと言わなくても、私も、そして父も亡霊なのだ。

父はとうの昔に大企業を辞め母や弟をいびってきた。なんとまあ亡霊でないか。

この家は土の壁が崩れかけ、風呂場の蛇口は折れ、便座は外れかかっているのをコンクリートで留めている。

ベッドは横たわるだけで軋み、カーペットは20年近く使った汚いものである。机ともなれば母から受け継いだ半世紀物である。

ポケットにはスマートホンの一つもない。

それでいて有るべき天下国家を語る。でもそういう所がまた、亡霊なのだ。

父は20世紀の亡霊だし、その子の私も21世紀に行けなかった亡霊だ。

ただ本物の亡霊と違うのは首でも吊って人生を終わらせれば成仏するという事だ。死後は、無い。

死後が有ると仮定すれば、忽ち今有るこの肉体との連続性はどうやって証明するのかという問題が出てくる。

そこで連続性を担保してくれそうな霊魂を持ち出せば、霊魂はどうやって物理的に観測すれば良いのかと言う問題がまた出てくる。

「死ねば楽になれる」

そうかもしれない。ただ私が死なないのは成仏できないからである。

所謂「こんな負け犬のまま死にたくはない」である。

ラジオでポール・マッカートニーが日本公演を病気でキャンセルしたと聞く。

齢70余り、正に歌う者も聞く者も亡霊である。

今日世界は亡霊で満ち溢れている。

諸亡霊の末席連ねる私もまた、成仏せずに、精一杯世界を呪ってやろうと思う。

頑張らないと。

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